運営事務局より、全2回にわたり本プロジェクトの取組を紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。(PDF版はこちら)
大企業等の民間企業に眠る人材や知財、技術といった原石を活用してイノベーションを巻き起こしていくことを目指す『GEMStartup TOKYO』(運営:株式会社ボーンレックス)。
2024年7月4日(木)、東レ発ベンチャープロジェクトMOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社 創業者の西田誠氏と、経済産業省在籍時に出向起業補助制度を自ら企画し、現在は出向起業スピンアウトキャピタルを設立しVCとして活動されている奥山恵太氏によるパネルディスカッションを開催しました。
■登壇者
・MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社 代表取締役/CEO 西田誠氏
1993年東レ株式会社入社。20代でユニクロへ飛び込み営業し大型受注を獲得。取組のきっかけを創る。その後2度目の新事業として、素材から縫製品までサプライチェーンを延伸し、短期間で大きな事業拡大を達成した。これらの新事業は今や約1兆円規模に成長した東レ繊維事業を支えるコンセプトの先駆けとなった。
2020年より3度目の新事業として、東レグループ初のD2C事業「プロジェクト“MOONRAKERS”」を運営中。2023年、東レの後押しも受け「出向起業」制度を活用し、MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社を創業。本年、大企業の新規事業を顕彰する「日本新規事業大賞」を受賞するなど、現在大きな注目を集めている。
・出向起業スピンアウトキャピタル 代表パートナー 奥山恵太氏
2010年経済産業省入省後、化学産業の規制緩和・国家衛星開発プロジェクトのマネジメント業務等に従事。米国留学中に、米国投資ファンドでの投資銘柄財務モデリング・バリューアップ業務や、小型電池製造スタートアップでの経営支援業務を実行。2018年帰国の後、内閣府での宇宙スタートアップ支援業務を経て、経済産業省で「出向起業」補助制度を自ら企画し、大企業等社員による資本独立性のあるスタートアップの起業を後押し。大企業内での出向等の意思決定に係る調整も、幅広に支援。2022年7月に経済産業省退職。2022年9月、出向起業スピンアウトキャピタル設立・運用開始。1986年生まれ。東京大学工学部、東京大学大学院工学系研究科卒。カリフォルニア大学サンディエゴ校MBA。
■ファシリテーター
・GEMStartup TOKYO運営事務局 株式会社ボーンレックス 河村愛
大企業における新事業の出口戦略は、社内での事業化、100%子会社化、ジョイントベンチャー、スピンアウト等、多岐にわたります。
西田氏は3度の新事業立ち上げを経験していますが、3度目に「出向起業」という選択を取り、MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社を創業しました。
その革新的な新事業出口戦略である「出向起業」補助制度を経済産業省時代に企画したのは奥山氏。現在は出向起業スピンアウトキャピタルを経営し、VCとして西田さんの事業をはじめ、様々な事業を投資育成しています。
お二人のパネルディスカッションから、挑戦の過程で見出した「大企業の新事業が上手くいかない理由」、そしてそのソリューションとしての「出向起業」。そして大企業に潜在する宝の山を発掘するすべに切り込みます。
目次
1.大企業における新事業の取り組み方
① 新事業の始まり
・始まりはシンプルで小さなアイデアから
・新規事業は世界を変える可能性を秘めている
② 失敗の乗り越え方
・失敗しない方法を考えるのではなく、失敗を重ねて、リカバリーする
③ 重要なポイント
・スピード感を持って取り組む。撤退ラインと期限を決める。
・PDCAのうち、P(計画)ではなく、小さくD(実行)することから始める。小さな実行を積み重ねて事業を創っていく
2. 革新的な新事業の出口戦略「出向起業」
⓪ 出向起業とは
① 出向起業制度を活用するメリット
② 出向起業制度が生まれた背景
③ 出向起業制度の特徴
④ 出向起業制度活用のイメージ
⑤ 出向元との関係性
3. MOONRAKERSの今後
1.大企業における新事業の挑戦
―西田さんは3回も大企業で挑戦をしてきておられますが、現業をしながら日々新事業のアイデアを考えられていたのでしょうか?(1-①)
(西田氏):そうですね。1回目の新事業は90年代の半ば頃でした。当時フリース素材が世の中に出始めた頃で、先端素材が世界を変えていく姿を見たことが自分の中で大きかったです。それはヒートテックをはじめとする2000年代の吸湿発熱素材も同様で、人々のウェアリングを変革したと思いました。先端素材に世界を変える力があるという確信がモチベーションになりました。2回目は、ユニクロから戻ってきた30代前半の頃。それまで東レでは素材屋だったのですが、ユニクロで縫製の知識等を勉強させてもらった経験から、「素材だけでなく、最終製品にして売ったらどうなるのだろう?」と興味を持ち、実際に試したという形です。
新事業の始まりはシンプルで小さなアイデアからで、「フリースが面白そうだから作ってみよう!」とか、「吸湿発熱技術はすごいけれど、どうやって市場に浸透させるか?」というところから始まっています。1回目の新事業も2回目の新事業も非常に大きな成功を収めたこともあり、新事業って楽しいしわくわくするなと実感しました。
―3回目の新事業であるMOONRAKERSのビジネスについて
(西田氏):東レは毎年1000種類を超える試作生地を作っていますが、そのうち採用されているのは10%程度で、残りの90%は開発だけで終わっているのではないかと思います。しかしこの開発だけで終わった900種類の素材は、レベルが低いから採用されないのではなく、むしろレベルが高すぎて値段が合わないため採用されないことも多いのです。これらの素材を眠らせておくのはもったいないと思いました。
(奥山氏):東レの主要顧客である小売やアパレルメーカーは、大量生産が可能な安価な繊維を購入する傾向がありますが、西田さんは「高性能な最終製品が作れるのに、誰も買ってくれないなら自分で作って売ろう。」というところから「MOONRAKERS」を始めました。
通常のTシャツは脇汗が染みて色が変わりますが、この「汗じみが見えにくいTシャツ」は物理的には濡れていても外からは濡れているように全く見えないという少し変わったTシャツです。東レの研究開発成果をtoC製品に仕立てればこのような製品が作れるのです。普通のアパレルをやるのは面白くないということで、クラウドファンディングを使い、当たったらECサイトで販売するという方法で、Tシャツの他にも、異常に軽い炭素繊維を使った非常に頑丈なスーツケース等、変わったファッションアイテムを作っています。
―成功の裏に、小さな失敗や心が折れそうになった経験もあると思います。そのような状況をどのように乗り越え、どのように再挑戦する原動力に繋げていますか?(1-②)
(西田氏):まず最初に申し上げたいのは、新しいアイディアを思いついて新事業に挑戦していること自体がすでに成功です。なぜならば、そこには「わくわく」とした気持ちが共にあるからです。一方で、新事業の成功確率は3%というのが基本的な確率論なので、失敗を恐れないことが大事だと思います。大企業の新事業担当の方と話すと、「どうしたら失敗しないようにできますか? 成功するにはどうすればいいですか?」という質問が多いですが、僕はそのたびに「失敗をしないようにするのではなく、どれだけ失敗しても大丈夫なシステムを作ることが大事です」と話しています。どんどん失敗することが新事業成功への近道だと思います。だって97%は失敗しますからね(笑)
―新しい事業を進めていく上で一番重要だと思うことは何ですか。(1-③)
(西田氏):一番重要なのはスピードです。MOONRAKERSの事業を始める時に、上手くいかなかった場合の損失額を会社から聞かれ、「最大累積2億円です。3年やってみて、その時に成果が見えなければこの事業はやめます。」と答えました。すると、「やってみろ」と。撤退ラインと時間軸を決めることは大切だと思います。スピードというのは事業が成功するためのスピードだけでなく、事業がうまくいかないと分かったときに早く結論を出して次のステップに移るスピードも含まれていて、それは挑戦者の人生においても会社の負担においても非常に重要なポイントだと思っています。
また、PDCA(Plan、Do、Check、Action)を高速で回せとよく言われることがありますが、僕は大企業の中の新事業においては反対です。なぜなら計画(P)を立てると、その計画に対して突っ込みが入り、検討に膨大な時間を使うので実行(D)がなかなかできない状況に陥るためです。僕は「スモールDOから始める」ことが大切だと思います。
MOONRAKERSを例にするとわかりやすいのですが、MOONRAKERSって端的に言うと小売事業なんですよね。最初会社で「小売をやってみたいんです」とプラン出した時は、めちゃくちゃに反対されて、あーこれはどうやらだめだなと。そこで最初はスモールDOとしてクラウドファンディングに取り組みました。受注生産なのでリスクが少ないことを社内で伝えたら許可が出ました。やってみると多くのお客さんがついて、次は「フィッティングする場所を作ってほしい」という話が出ました。たまたまプロジェクトが一発成功して1000万円程の利益が出ていたので、この資金を使ってショールームを作りました。すると、次はクラウドファンディングだと終了したプロダクトが買えないので、「ECをやってほしい」とお客さんから言われました。こうして「スモールDO」を繰り返すうちに小売事業が生まれていったのです。
2.革新的な新事業の出口戦略「出向起業」
―出向起業とは(2-⓪)
大企業の社内で新事業を提案し、社内予算がつかなかったりスピード感が出なかった場合に、提案した中堅・若手社員が、大企業に籍を置いたまま、数百万円規模の個人資産で新会社を起業し、そこにフルタイム出向をすることで、出向状態で経営すること
【挑戦者のメリット】
・起業する社員が80%以上の株式を持つので、社員が事業判断を行うことができスピード感を持ちながら事業を推進できる
・外部の不特定多数のVCから資金を調達できる環境を持つことができる
・失敗した場合でも出向先から出向元に戻ることができ、従前と同じ条件で働くことができる。
【大企業のメリット】
①人材育成:出向起業を通じて経営人材を育成できる。
②新事業創出の加速:外部の投資家にリスクを負担してもらい最初のシードシリーズを乗り越え、後のラウンドで一定規模の売上高が上がった際に後から関連会社化して営業利益を連結できる選択肢を持つことが新規事業の加速に繋がる。
③出向元大企業の評判の向上:出向起業は40社未満と少なく珍しいので、メディアに取り上げられることが多々ある。これにより、新規採用市場で有利になったり、大学生の採用にも有利になる。
なお、出向起業にあたっては、一般的な出向契約書と同等の出向契約書を用いることが多く、必ずしも社内制度や規定を変える必要はない。
―企業が新事業を立ち上げる場合、出口戦略は様々です。今回、西田さんは出向起業補助制度を活用してMOONRAKERSをカーブアウトさせましたが、この選択の背景について詳しく教えてください。(2-①)
(西田氏):僕は3回目で初めて外に出たのですが、正直、最初は外に出ることを全く考えていませんでした。外に出たのは2010年代頃から大企業ではコンプライアンスとガバナンスの強化が大きなテーマになり、その管理が厳しくなったということがきっかけでした。これは大企業としては正しいことですが、新事業においては自由度が失われ、息苦しくなったんです。
僕たちの事業は2020年9月にクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」でローンチし、約1年半のPOCを経て、2022年4月に子会社を作りました。子会社になったら本社より自由に進められるという期待値があったのですが、実際には子会社は本社にお伺いを立てる必要があることで二重構造になり、むしろスピード感がなくなりました。売り上げが立ち始めた頃、稟議書を月に約20本書いていて、遅いものは半年も議論を重ね、結局通らないこともありました。これでは3年で事業の可能性について結論を出すところまでたどり着くことも難しいと思っていたところ、「出向起業」に出会いました。
スピード感を求める新事業の実行者側と、そのスピードを持つことで起こるリスクを懸念する管理側で対立構造になっていて、どちらも疲弊している。この対立構造を解消するための答えが「出向起業」だと僕は思っています。
―経済産業省時代に出向起業補助制度を企画した奥山さん、この制度を作ろうと思った背景について教えてください(2-②)
(奥山氏):2019年頃から経済産業省で出向起業補助制度を国家予算で企画し、執行していました。出向起業は大企業の中堅若手社員が出向状態で個人資産を拠出してスタートアップを起業し、自らのスタートアップに出向をすることで、出向状態で経営を行う手法です。新設したスタートアップの株式のうち、出向元大企業の持分を20%未満に限る、という条件があります。
(西田氏):社内で新事業を成功させても実行者のベネフィットはあまりないことが多いです。出向起業では自己資金は数百万円程度で充分で、残りの資金はベンチャーキャピタル(以下、VC)が資金を出してくれます。実行者が株の大半を持っているので、事業が成功すると、大企業の社員でありながら数百億円規模のキャピタルゲイン(資本利得)を得る可能性すらあります。さらに失敗した場合でも出向先から出向元に戻ることができ、同じ条件で働くことができます。こんなに素晴らしいシステムを利用しない手はないと思います。昔はスタートアップを始めるには借金リスクが高いと思われていましたが、今はこのような挑戦する人たちをセーフティーネットで保護しながら、後押しするシステムが大企業に浸透してきているということをこの機会に皆さんに知ってもらえたらと思います。
―出向元の資本が20%未満というのは非常に特徴的で革新的だと思いますが、その狙いについて教えてください。(2-③)
(奥山氏):出向元の大企業が20%未満の資本を持ち、起業する社員が80%以上の資本を持つことにした理由は、外部の不特定多数のVCから資金を調達できる環境を作るためです。世の中には大企業の100%子会社や大企業が51%を持つジョイントベンチャーがたくさんありますが、役員の一存で会社の方針が変わってしまうため、基本的には外部のVCは役員交代等のリスクを考慮して出資しない場合が多いです。
大企業のガバナンスから外れ、不特定多数のVCに対して資金調達の相談に行ける独立性がある新会社だけが、スタートアップを名乗ることができると僕は思っています。
(西田氏):MOONRAKERSの場合、東レの出資比率は10%未満で、僕の株式持分が大多数を占めるので、僕が決めたら誰も逆らうことができません。また、大企業の子会社やグループ会社だと、親会社にその管理責任があるというのが世間の見方ですが、出資比率が20%未満になると単なる出資先に過ぎず、ガバナンスを効かす必要がなくなります。例えば、MOONRAKERSが大きな失敗をしても、「東レには関係ない」と言えるのです。東レを出る前は問題が起こることを心配され、管理過剰からにらみあってたりもしていたのが、東レを出てからは、ある意味第三者的に「がんばれよ~!」と応援できることもあり、関係がより良好になりました。距離が一定離れることによって逆に仲良くなるというのも不思議な感覚ですが、これは人間関係でもあったりしますよね。今はほんとうに「幸せな関係」にあり、こうした部分も社内ベンチャーで悩んでいる多くのみなさんに知っていただきたいポイントですね。
―奥山さんが経産省を辞めて現在の出向起業スピンアウトキャピタルを始めた理由は、出向起業制度の立ち上げが影響していますか?(2-③)
(奥山氏):そうですね。出向起業には良い点もあれば難しい点もあります。
大企業を辞めて起業する場合は辞表を出せば成立しますが、出向起業の場合は個人資産で新会社を作り、その新会社と大企業との間で出向契約を結ぶ必要があります。要は、出向契約書に大企業の事業部長・役員等に押印していただく必要が出てくるので、起業前に所属の大企業へ押印の説明をする必要があるのです。僕が経産省を辞職した一昨年7月時点では、累積で約25人の大企業社員の方々が25社の出向起業スタートアップを作っていたのですが、その裏側で約150人の出向起業希望者の方が個別に相談に来てくださっていました。本当は150社スタートアップを作りたかったのですが、実際に出向契約の押印まで実現できた方が25人しかいなかったという点には、自分自身の力不足を感じたところでした。
ファンドを作った後も、出向起業希望者からの相談が多く来るので、出向起業のメリット等を大企業の役員の方に説明しています。しかし、現に出向起業の座組を作るに至ることができる割合は2年前から大きく改善されたわけではありません。
普通のコンサルタントだと役員の方が反対している事案には何も言えないので、コンサルタント的なアプローチだと説得は難しいと思いますし、通常のVCも辞表を出してから起業することが理想だと考える方が多いので、出向起業をサポートするケースは少ない。出向起業希望者の方って孤独なんです。だから味方が日本に一人は必要だと思って、でもコンサルでは難しいと思ったので、中堅・若手社員側に投資をする他に支援を継続する方法が無いと思い、出向起業のファンドを作りました。
(西田氏)僕は出向起業の初代エバンジェリスト(伝道者)を名乗ってあちこちでこの制度を喧伝しています。なぜかと言うと、僕は出向起業について会社を説得するのに約1年かかったのですが、その理由の一つが、出向起業やVCについて知らない人に知識を共有することに多くの時間がかかったことです。経営企画部や人事総務部などに分散している責任者たちにある程度の知識を持ってもらわないと議論が始まらないので、ここにかなりの時間がかかりました。
上記から、出向起業をしてから来たメディアの依頼や講演の依頼は全て受けるようにしているのですが、僕の役割はまさに知識量を一定のレベルまで引き上げるお手伝いをすることだと思っています。自身の経験から感じたのは社内の上層部は若手の意見は聞いてくれないのですが、社外の言葉には耳を傾けることが多いということです。なので、僕が様々な場で東レでの事例について話すことで、企業の方の知識のベースとなればいいなと思っています。奥山さんだけでなく、僕のように皆さんの後押しをする人がどんどん増えていることも知ってもらいたいです。
―東レにとっても出向起業補助金を活用した事例は初めてだったと思うのですが、実際にどのように出向起業補助金を活用して起業まで至ったのか教えてください。(2-④)
(西田氏):先ほど「1年」と言いましたが、正確には社内説得に要したのは半年です。まず1か月程度は出向起業補助制度について自分自身が正確に理解することに要しました。
次のステップは、事業アイデアやプランをまとめて奥山さんのファンドを始めとするVCと話をして出資を取り付けることでした。VCからの出資が決定するまでは「そんな夢のような話は無理だ」と会社から言われていましたが、VCの出資が決まると「とりあえず話を聞いてみよう」という姿勢になってようやく議論がスタートしました。そこまで半年くらいで、残りの半年が社内説得。僕的には少し長かったかなと思います。
(奥山氏):他社の事例と比べると、交渉期間は少し長くかかってしまったかもしれません。これまでの他社の事例を思い返すと、交渉期間は概ね約3か月程度で、長くなる場合はひらすら長くかかるため、粘り強さが重要だと思います。
(西田氏):東レの場合は少し特殊で、元々風通しが良く基本的に新事業はパッとできる感じだったので、社内に新事業をサポートする事務局がないんですよね。それが時間のかかった要素かも知れません。よって、大企業でも新事業を生み出すことをサポートしてくれる部署があると、僕ほど時間はかからないのかも知れませんね。
―社内の制度を変えたり、今までにやったことのないことに挑戦するのは、とても大きなチャレンジだと思います。どのような方々と主に話をして、最終的に合意に至るケースが多いのか教えてください。(2-①、2-③)
(奥山氏):出向起業を希望する社員と話をする際に、最初にお伝えするのは出向起業にあたって社内制度や規定を変える必要はまったくないということです。普通の上場大企業なら、別の法人に社員を出向させた前例は基本的にはあると思います。出向起業も普通の出向の内数であるところ、出向起業自体が社内規定に違反すると断定されたことはありませんでした。最終的に通常の出向と同様に出向契約書に押印するにあたっての手続きの話になります。
出向起業の議論をする時、優秀な社員が既存事業部から離れることとなる点に加え、補助条件上は出向者人件費も大企業側が負担する整理であり、出向元の新会社持分は20%未満となると、「大企業にとってのメリットは何ですか?」とよく質問されます。
僕が考える出向起業を輩出する大企業側のメリットは3つあります。
①人材育成:出向起業を通じて経営人材を育成できます。個人資産を拠出して、各ラウンドのサバイバルに挑戦する局面は、資金が潤沢な状態で既存事業に近い事業を回す100%子会社では、経験できないものと思います。
②新事業創出の加速:不確実性の高い新規事業を社内で進めようとすると予算が認められないことが多いので、出向起業を通じて外部の投資家にリスクを負担させて、売上高が立たない状態での調達ラウンドを乗り越え、後のラウンドで一定規模の売上高が上がった際に後から関連会社化して営業利益を連結する選択肢を持つことで、社内や100%子会社等の大企業ガバナンス下以外の新規事業開発パスを確保できる、という話をします。
③出向元の評判の向上:出向起業に人を輩出した大企業は40社未満と少なく珍しいので、メディアに取り上げられることがあります。これにより、新規採用市場で評判が上がった、という声も、聞くことがあります。
実際に、出向起業を輩出した大企業のご担当者からは、実際にメリットを享受できたと感じている、とのコメントを頂くことが多いです。「こんなに沢山のメディアに取り上げられることができた」とか、「マーケティング投資としてもいいな」という声を聞いたりします。
―東レとMOONRAKERSは出向補助制度を活用して起業し今も良好な関係性を築いていらっしゃるとのことですが、どのように良好な関係を築いたのか、それは起業後のことなのか、起業前から後押しをしてくれたのかお聞かせいただけますか?(2-⑤)
(西田氏):東レとMOONRAKERSの関係はもともと良好です。その理由はMOONRAKERSという事業は実は東レの既存事業の悩み事や問題点、課題のソリューションとなるビジネスだからです。また、出向起業をしてからメディアが取材に来て「これは面白い。大企業から新事業が次々に生まれたら日本が変わるかもしれない。」といった文脈でMOONRAKERSが報道されることが多くなったことで、更に関係が良好になったと感じます。
今度イベントで東レの経営層と僕のパネルディスカッションをして、どのように世界を変えていくかというような話をするのですが、こういうことは東レの既存事業からは生まれなかったと思うので、経営層も嬉しいのだと思います。どこの経営層も社内の活性化に悩んでいると思うのですが、東レでは小さな事例だけれども、出向起業制度によってその一つの解のようなものが生まれつつあるということなのかなと思います。
3.そして、MOONRAKERSは日本社会の変革へ
―MOONRAKERSの今後について
(西田氏):MOONRAKERSという会社名は「届かぬかもしれない理想を追い続ける馬鹿者たち」という意味で、イギリスの故事から引っ張ってきた言葉です。昔スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで、「ステイフーリッシュ=馬鹿者であれ」と言いました。とても有名な言葉ですよね。「馬鹿者」でなければ変革を起こすことはできないと彼は言ったのですが、僕たちはその言葉に感銘を受けました。MOONRAKERSは先端素材の素晴らしさを多くの人に知ってもらい、その素晴らしさを以て生活を未来に変えていくことが目標です。
正直に言うと、最初は大それた理想もなく、「やってみたらどうなるかな」という程度でした。でも、小さな一歩を踏み出すことでユーザーの反応があり、その反応に応えることで次のステップが生まれていき、いつの間にかMOONRAKERSは産業変革、さらには社会変革を目指すプロジェクトになっていきました。それはやってみなければわからなかったことだと思います。
今後も従来同様変わらずに、透明に誠実にひたすらにユーザーの声に向き合うことに徹したいです。数字は結果としてついてくるものなので数字的な目標はつくらず、ただひたむきに理想を追いかけ続けたいと考えています。
―奥山さんは、MOONRAKERSにどのような期待を込めて出資に至ったのでしょうか?
(奥山氏): 出向起業希望者の方のこれまでの所属大企業でのご経歴と新会社で挑戦したい事業領域が一致していると魅力を感じます。経歴と事業領域が一致していれば、業界特有の変化を捉えた事業モデルを作りやすい、という傾向があります。西田さんは完全に一致しているので面白いと思いました。とても独特な経営思想なので、良きハンドルさばきをしていただければなと思っています。経営方針を迅速に決めて、失敗したら別の方向へ行こうよとスピード感を持ってできるのが西田さんのいいところなので、西田さんが独特に決め切るという体制でスタートアップとしてどこまで事業成長できるかを見守りたいと思っています。
(西田氏):壁打ちやってもらっている時によく言われるのが「結局最後決めるのは西田さんですからね。誰も反対できないので。」ということです。僕は暴走列車になるつもりもないし、いろんな人の意見も聞きます。一方で自分の物差しは会社や外部の人ではなくて自分の中に持っておきたいと思っていて、その物差しを押し付けることはしませんが、この事業を通じて問いかけていきたいと思っています。もしかしたらその物差しは間違っているかもしれない、あるいは異端なのかもしれません。しかし、幸い、今MOONRAKERSはメンバーもすごく楽しそうで、関わっている工場も、使ってもらっているユーザーも応援してくれています。だとしたら、もしかしたら異端なのかもしれないけど、MOONRAKERSにおいては正解で、ある意味の理想かもしれないと思っています。自分の物差しを世に問えるというのはすごく幸せなことだなと思ったりもしています。
最後に
(奥山氏):出向起業に関心がある方は相談していただければと思います。僕はすべての大企業の社員の方々が出向起業にどんどん手を挙げられる世の中にしたいと思っています。そのためにはまず一件、時価総額が急増してホームラン事例と言えるような出向起業を出すことが僕の目標です。そのようなスタートアップが出てくると周りのVCも出向起業に投資し始め、出向起業希望者も大企業の中から手を挙げ始めますし、大企業側も出向起業を認めやすくなると思います。あとはこの瞬間、社内で新事業が全く前に進まないような方もいらっしゃると思いますので、社内説得等必要であれば西田さんや僕にご連絡いただければと思います。
(西田氏):新事業をやる方は挑戦者であり、僕は全ての挑戦者1人1人をリスペクトしています。だからこそお伝えしたいのは、97%失敗するようなものすごく難しい仕事をやっているので、「失敗はあたりまえ」ということ。そして今は何度でも挑戦できるシステムがあるので賢くそれを使って「何度でも挑戦すれば良い」ということです。新事業って諦めない限りは可能性があります。でもあきらめたらそこで試合終了です。
そのためには何より皆さんの身体と心の健康が、新事業を成し遂げるための前提条件です。挑戦を楽しみ、失敗を恐れず軽やかに。みなさんとともに日本を活性化し、新しい産業を共に創造できることを楽しみにしています。
まとめ
出向起業という選択肢を選び、出向元やステークホルダーの後押しを受けながら「先端技術による未来」の創造を目指し続ける西田さん、そして大企業で大志を抱き新事業に取り組む挑戦者たちの最強の味方である奥山さんのこれまでの軌跡を伺うことができました。
これからもGEMStartup TOKYOは、新たな挑戦者たちを支援し、事業の成功を共に目指していきます。次世代のイノベーターたちが生み出す新しいアイデアや技術が、企業の成長だけでなく、社会全体の発展にも寄与することを期待して。